科院3年文学クラス作文 忍者ブログ
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2017/09/21 (Thu)
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2008/10/14 (Tue)
 高校生の時、先生と一緒に包玉剛の旧居へ行ったことがある。行ったからこそ、私は彼のことをよく知っている。彼は鎮海出身だ。小学校を卒業してから、彼は父から靴を作ることを習ったが、対してそれに興味もなかった。実は、彼は金融に興味を持っていたのだ。それゆえ、彼は金融を習いながら、えいご会計などを勉強し、22歳の時、彼はやっと金融機関に入った。その後、彼は上海銀行の業務部部長を担当したことがある。1949年、彼の家族全員は香港へ引越した。それから、そこで船会社を開いた。彼は商売が上手で、会社が次第に大きくなった。数年後、彼は世界の「船の王」になった。
 旧居に様々な船の模型がある。それは彼の会社の船だ。壁の上にたくさんの写真が掛けてあった。その中に、彼といぎりすの女皇の写真もある。それを見ると、彼は中国で有名であるだけはなく、世界でもよく知られているということが分かる。

 彼は有名な経営者として、故里の公共事業にも力を入れた。彼のおかげて、多くの学校が建てられた。例えば、中興中學﹐寧波大學など。彼は金持ちにとどまらず、「善良な寧波人の代表」と考えられている。
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